人間椅子

私は人間椅子。と言っても勿論本物の椅子では無い。SMプレイのお話だ。
理解に苦しむかもしれないが皮肉なことに私は椅子になる事によって自分が人間であると実感する。
今日はSMクラブ主催の人間家具プレイというちょっと変わった趣向のあるパーティー。
受付には電話で丁寧に説明してくれた主催店のお兄さんが居た。
このお兄さん。私が3年以上前にハマったビジュアル系インディーズバンド、シベリアスコール。
シベスコのギタリスト、ジェイドに似ていたので一瞬ビックリした。
まぁ良く考えてみたら、破滅しそうなほど攻撃的な旋律で迫るジェイドと、この親切なお兄さんが
同一人物な訳が無い。ノーメイクだと解らないし。
私はシベスコのdarknessという曲が好きだった。
闇の中に居るから光が見えるという詩に何度勇気づけられたことか。
部屋に通されると数名の女性が居た。女王様かM女か解らない。
ジェイド似のお兄さんが、私が人間椅子だと告げた。親切な店だ。大抵の店はまずご挨拶を強制される
私はただ椅子になりたいのに。そうした店には自然と足が遠のいてしまうのだ。
ここは普段は撮影スタジオか何かなのであろうか。部屋は3間5間。坪で言うと15坪。
畳でいうと30畳といったところか。打ちっぱなしのコンクリートが怪しい冷気を放ち、広々とした空間の隅に
不自然に本が山積みされていたが、小説や雑誌の類ではなく広辞苑やイミダスといった辞書的な物だ。
何だか本としてよりも、その厚みが重宝するので置いてある感じだった。本が可哀そうだと思った。
そしてお香が焚かれたのであろうか、黒伽羅の高貴な香りに満たされていた。
大した金額を取っている訳でもないのに、この持て成しには感激した。
思いもよらず希少価値の高い黒伽羅の香りにいざなわれ、私は椅子になる準備をした。
準備をしていると続々と参加者が集まりパーティーの準備は整った。
人間椅子、人間テーブル、人間座布団、人間机、人間ベッド。
自分は人間羽毛布団だと言い張ったマニアさんは残念ながら退室を命ぜられた。
私は当然ながら人間椅子。四つん這えになり背中に女王様を頂く。腹を突出し背中を女性の尻がフィット
するような自然なRを作り出すように反ると、そこに女王様のパン生地のように柔らかなお尻がピトッと吸い付く。横目で常に女王様の踵と膝に角度を最良にする事に注力し高さを変動させるのだ。気が付かれないようにゆっくりと。この調整が重要で、長く座って頂くか、早々に立ち去って頂くかをコントロールする。
完全に椅子、イコール『物』と化した私の上で談笑に花が咲く。家具役が務まらない者へのお仕置きとか
諸々盛り上がっていくのがこうしたパーティーの醍醐味でもある。私は椅子に徹して居るが会話の一部始終に
聞き耳を立てるのが好きだ。

「お前、ケヤキちゃんの奴隷にして欲しいって言ったらしいね。奴隷になるって意味わかってる?
全てを一任するって事だよ。今日が初デビューのMなのに今の現状で自分が相応しいと思う?奴隷契約書に
捺印を押すって息巻いてるけど後で後悔しても知らないよ。」

一瞬椅子である事を忘れて潰れてしまいそうになった。信じられない会話に耳を疑った。
一任とは当然全てであってデビューとは初めてに決まっている。現状とは今の事で捺印とはそれだけで
ハンコを押す事。後悔は当然、後にするものである。酷い日本語だ。

「あはは。お前もう青息吐息かい。」
それをいうなら青色吐息だ。
「口先三寸で強がるからそうなるんだよ。」
舌先三寸だ。
「鞭が好きなんて言わぬが仏だね。」
意味が解らない。知らぬが仏と言わぬが花が混ざったのか。
「ん?今日は調子が悪いって?体調でも壊したのかい。」
体調は崩すものだ。
「家具プレイなのに鞭なんて思いがけないハプニングにびっくりしたの?」
ハプニングは思いがけないものだ。
「ちょっと荒治療だったかな、血痕の跡も残っちゃったし。」
えっと荒療治だし血痕とは血の跡の事。
「でも殺しちゃったら目覚めが悪いからね、あはは。」
寝覚め。
「まぁ一瞬先は闇って言うからね。」
一寸だ。
「頑張ったから餌をあげる。」
あげるは謙譲語だ。奴隷には餌をやるって言ってくれ。
「さぁもう一度私の鞭を受ける?汚名挽回したい?」
汚名返上だ。もしくは名誉挽回。
「ん?何?口を濁して。はっきりしなさい。」
濁すのは言葉だ。
「ちゃんと耐えられないと絆が深まらないよ。」
絆は強まるものだ。
「私、弱い子は鼻にも掛けないからね。」
歯牙にも。
「ほら!四の五の言ってないで一つ返事で素直に受けなさい!」
二つ返事だよ。
「お前みたいなダメな子は老体にムチ打って楽しませてくれないと直ぐに捨てられちゃうよ。」
老骨でしょ。
「うふふ、まぁ良く頑張ったかな。こんな苦汁を味わったの初めて?」
苦汁を嘗めるね。ここで使うべき言葉ではないけど。
「じゃあご褒美。ドクダミちゃん。そこの電マ。コンセント抜いてこっち持ってきて。」
抜くのはプラグの方だ。
「おうおう可哀そうに、目鼻が利く子は上手く逃げるのにね。」
目端だ。
可哀そうなM男は電マで悶絶し恍惚の表情となっていた。
もう我慢が出来なくなってきた。このままでは私は笑い死んでしまう。
「あっすみません私そろそろ時間が。」
「あら、すわり心地のいい椅子だったのにもう帰っちゃうの。」
「えぇすみません。あ、そうだ。」
私は部屋の端にあった辞書を積み上げた。
「椅子が足りないようなのでこちらにお掛け下さい。さ、さ、どうぞお掛け下さい。とても絵になると思いますよ。ええ、物凄く良い感じです。」
女王様の尻に敷かれた辞書を見て、私はひとり納得してそそくさと部屋を後にした。
「全く、あの子、あの椅子の子。何なの?慌ただしく帰ってしまって。取り付く暇もない。」