空は曇り。もう雨が降りそうだというのに妻は庭で洗濯物を干している。理由は解っていた。俺の傍に居たくなかったからだ。
昨夜は俺の浮気がばれて大喧嘩をしたのであった。俺が悪いので一方的に謝れば良かったものを、売り言葉に買い言葉というか、お互いに薄々気がついてはいたが、口にしていなかったセリフを妻は怒りに任せて俺に浴びせかけた。
「あなた、本当の意味で、私を抱きしめてくれた事なんて一度も無いじゃない!」
この核心をついたセリフに俺は狼狽し、そして激高してしまった。そんな父と母の不自然な空気を感じ取っているのか三歳になる娘は庭の片隅で蟻と遊んでいた。
「あっ」
俺が声を上げると妻も娘の異常な行動に気が付き、娘に駆け寄り、抱き抱えて叱った。
娘は蟻を捕まえてはその脚を引き千切っていたのだった。子供の好奇心とは時に残酷なものだ。俺は軽いショックで言葉も無かったが、女というのは凄い、いや母という立場がそうさせるのか、妻は娘に命の大切さを解りやすい言葉で切々と説いていた。
妻と俺は幼馴染で小さい頃から良く遊んでいた。そして高校に入学する頃には俺は町で評判の美少年に育っており、遠方の大学からスカウトが視察に来るくらいの野球の腕前で学校中の女子から憧れの存在として見られていた。
妻に言わせれば、当時の俺はもう手の届かない存在へとなっていたらしい。だけどそんな俺は特に女子には目もくれず、ピッチャーとしての将来を見据え強靭な体造りのトレーニング。ピッチングにおける腕や肘の使い方まで探究するほどの野球漬けの毎日を送っていたが、通学中の電車が事故を起こし、その事故が原因で長期入院を強いられ、運の悪いことに他の病気も併発してしまい、気力を失ってしまった。
退院する頃にはすっかり別人のように痩せ細り、俺はもう見る影もない男に成り下がっていた。そんなある日、どんよりとした曇り空の日、重い足取りで教室に入ると俺の机にグローブが置いてあった。便箋には”野球やろうぜ!”これは明らかに悪意のある悪戯だった。俺の体を考えれば二度と野球なんて出来ないのは一目瞭然。友達だと思っていた仲間がこんなに残酷な仕打ちをしたのが信じられなかった。もし逆の立場だったら絶対に出来ない行動。跳びぬけた才能と実力を持っている人間は知らず知らのうちに恨みを買ってしまうのであろうか?俺はショックあまり、高校を中退してしまった。
高校を中退した俺は毎日部屋に籠りきり。俺が電車事故に巻き込まれたので莫大な賠償金を手にした両親はそんなに口うるさく言う事もなかったので、引き籠りに拍車がかかる。こんな俺に珍しく来客があった。幼馴染の幸子。今の妻である。
年頃の男子が引き籠ると性的な興味が増幅するのであろうか、俺はもう幸子が来た事が、オッパイが来た事のように感じていた。エロ雑誌の知識で、女性の体は物凄く柔らかいという事は知っていたが、その感触を確かめたことは無かった。
ふと俺の事を思い出して訪ねて来た幸子は昔のままで、すぐに子供の頃のような関係に戻って、話が盛り上がり、その後も定期的に訪ねてくるようになり、気が付くと幸子はうちに毎日来るようになっていた。そんな中、俺の異性に対しての興味は増幅されていく。そして小雨模様の日だった。いつものように幸子と談笑し、子供の頃は良く一緒に風呂に入ったという話題になった。もう物凄い衝動に駆られる。幸子のその膨よかな乳房とくびれた腰。手を伸ばせばオッパイに届く距離に居るのに、それはどうしても出来ない。もどかしくて気が狂いそうになってしまいとうとう俺は口にしてしまった。
「幸子、お、おっぱい触らせてくれない?」
幸子は物凄く驚いた顔をした。そして小さく頷いたが少し不安な口調で
「い、いいけど、触るって、どうやって触るの?私、まだ触られた事な」
幸子が話し終える前に俺は顔から幸子のオッパイに突っ込んでいった。初めての感触に興奮し、初めての性的体験に俺はオッパイに執着するようになっていった。
こうして初めて同士の男女が結ばれ、子宝にも恵まれ幸せな家庭を築いたにも拘らず、俺は浮気という最低の行為に走ってしまった。よく聞く名言に、女は唯一の男で色々な欲求を果たそうとするが男は唯一の欲求を色々な女で果たそうとするというのがあるが、それを体現してしまった。いや、妻の欲求に俺は半分も答えていない。本当にダメな男だ。今までの幸子の献身ぶりを考えると身を切られる思いがする。
幸子、本当にすまん。そんな事を考えていたら急に風が吹き、曇り空が嘘のような晴天に恵まれた。
庭の隅で怒られていた娘が私の方を見て駆け寄ってくる。
「パパ!だっこ!」
幸子が私を見て笑った。駆け寄る娘に私はこたえてやる事が出来ない。あの電車事故で失った両腕がもどかしい、せめて片腕だけでも残っていれば。