スイーツマジック

それはレモンの香りがした。

一組のカップルの目の前に置かれたクリームイエローの飲み物の新鮮さに2人は昂揚した。
この痛々しいばかりの昂揚が解らなければ、この文章を紐解くことはできない。

全く持って不思議な飲み物であった。酸とミルクは分離するはずなのに
これは見事なハーモニーを奏でていた。男はその甘い口当たりの虜になる。
飲んでしまうのが勿体ないので舌先から喉へすくい取るように運んでいく。
しかしこの味の魅力に勝てなくなり吸い込みたい衝動が抑えられない。
女もまた、同じように感じていた。
女が言った。

「これは魔法なの?」

男は無言で唇を飲み物に重ね激しく吸い込んだ。

次に男はピオーネを口に運ぶ。
男の親指と人差し指に挟まれたピオーネ。上下の歯を皮にあてがい、吸い込むようにして皮に歯を滑らせ器用に皮を剥く。口に中に飛び込んできたその果実はとろけるように甘く
噛んでしまいたい衝動と戦いながら舌の上をコロコロと転がして堪能していた。
女はその器用さに目を輝かせながら言った。

「それは魔法なの?」

男は縦に切られたイチゴを目の前にしていた。
イチゴの断面は大きく成長した花床。その髄から花床の皮層に幾本も筋状に
雌しべが伸びている。甘く爽やかな香りを放つそのイチゴの髄の中心に
舌先を強く押し当てるとジュワッと果汁があふれ出す。
雌しべの筋に沿って丁寧に舌先を這わせていくとまたしても果汁があふれ出す。
熟れたイチゴは自身の質量の何倍もあるのでは?と錯覚させるほどの果汁が溢れ出し
男の頭の中はその甘く爽やかな香りに包まれていた。
女はその大量の果汁を見て言った。

「これも魔法なの?」

こうして食事は続いた。男の所作は、それはもうリカルド・パトレーゼのような
二百戦練磨ぶりで女を虜にする。

そしてお会計。
「800円です。」
「あ、5,000円札でいい?」
「はい、ではおつり4,200円です。」
「あ、ごめん!1,000円あった!こっちで払う5,000円返して。」
「はい、どうぞどうぞ。」
「あ!ちょっとまってこの4,200円からおつりの200円もらって
残りの4,000円に6,000円足すから1万円札にしてもらえる?」
「あ、はいはい、いいですよ。」

女は言った。

「それはつり銭詐欺だろ!!」

人間椅子

私は人間椅子。と言っても勿論本物の椅子では無い。SMプレイのお話だ。
理解に苦しむかもしれないが皮肉なことに私は椅子になる事によって自分が人間であると実感する。
今日はSMクラブ主催の人間家具プレイというちょっと変わった趣向のあるパーティー。
受付には電話で丁寧に説明してくれた主催店のお兄さんが居た。
このお兄さん。私が3年以上前にハマったビジュアル系インディーズバンド、シベリアスコール。
シベスコのギタリスト、ジェイドに似ていたので一瞬ビックリした。
まぁ良く考えてみたら、破滅しそうなほど攻撃的な旋律で迫るジェイドと、この親切なお兄さんが
同一人物な訳が無い。ノーメイクだと解らないし。
私はシベスコのdarknessという曲が好きだった。
闇の中に居るから光が見えるという詩に何度勇気づけられたことか。
部屋に通されると数名の女性が居た。女王様かM女か解らない。
ジェイド似のお兄さんが、私が人間椅子だと告げた。親切な店だ。大抵の店はまずご挨拶を強制される
私はただ椅子になりたいのに。そうした店には自然と足が遠のいてしまうのだ。
ここは普段は撮影スタジオか何かなのであろうか。部屋は3間5間。坪で言うと15坪。
畳でいうと30畳といったところか。打ちっぱなしのコンクリートが怪しい冷気を放ち、広々とした空間の隅に
不自然に本が山積みされていたが、小説や雑誌の類ではなく広辞苑やイミダスといった辞書的な物だ。
何だか本としてよりも、その厚みが重宝するので置いてある感じだった。本が可哀そうだと思った。
そしてお香が焚かれたのであろうか、黒伽羅の高貴な香りに満たされていた。
大した金額を取っている訳でもないのに、この持て成しには感激した。
思いもよらず希少価値の高い黒伽羅の香りにいざなわれ、私は椅子になる準備をした。
準備をしていると続々と参加者が集まりパーティーの準備は整った。
人間椅子、人間テーブル、人間座布団、人間机、人間ベッド。
自分は人間羽毛布団だと言い張ったマニアさんは残念ながら退室を命ぜられた。
私は当然ながら人間椅子。四つん這えになり背中に女王様を頂く。腹を突出し背中を女性の尻がフィット
するような自然なRを作り出すように反ると、そこに女王様のパン生地のように柔らかなお尻がピトッと吸い付く。横目で常に女王様の踵と膝に角度を最良にする事に注力し高さを変動させるのだ。気が付かれないようにゆっくりと。この調整が重要で、長く座って頂くか、早々に立ち去って頂くかをコントロールする。
完全に椅子、イコール『物』と化した私の上で談笑に花が咲く。家具役が務まらない者へのお仕置きとか
諸々盛り上がっていくのがこうしたパーティーの醍醐味でもある。私は椅子に徹して居るが会話の一部始終に
聞き耳を立てるのが好きだ。

「お前、ケヤキちゃんの奴隷にして欲しいって言ったらしいね。奴隷になるって意味わかってる?
全てを一任するって事だよ。今日が初デビューのMなのに今の現状で自分が相応しいと思う?奴隷契約書に
捺印を押すって息巻いてるけど後で後悔しても知らないよ。」

一瞬椅子である事を忘れて潰れてしまいそうになった。信じられない会話に耳を疑った。
一任とは当然全てであってデビューとは初めてに決まっている。現状とは今の事で捺印とはそれだけで
ハンコを押す事。後悔は当然、後にするものである。酷い日本語だ。

「あはは。お前もう青息吐息かい。」
それをいうなら青色吐息だ。
「口先三寸で強がるからそうなるんだよ。」
舌先三寸だ。
「鞭が好きなんて言わぬが仏だね。」
意味が解らない。知らぬが仏と言わぬが花が混ざったのか。
「ん?今日は調子が悪いって?体調でも壊したのかい。」
体調は崩すものだ。
「家具プレイなのに鞭なんて思いがけないハプニングにびっくりしたの?」
ハプニングは思いがけないものだ。
「ちょっと荒治療だったかな、血痕の跡も残っちゃったし。」
えっと荒療治だし血痕とは血の跡の事。
「でも殺しちゃったら目覚めが悪いからね、あはは。」
寝覚め。
「まぁ一瞬先は闇って言うからね。」
一寸だ。
「頑張ったから餌をあげる。」
あげるは謙譲語だ。奴隷には餌をやるって言ってくれ。
「さぁもう一度私の鞭を受ける?汚名挽回したい?」
汚名返上だ。もしくは名誉挽回。
「ん?何?口を濁して。はっきりしなさい。」
濁すのは言葉だ。
「ちゃんと耐えられないと絆が深まらないよ。」
絆は強まるものだ。
「私、弱い子は鼻にも掛けないからね。」
歯牙にも。
「ほら!四の五の言ってないで一つ返事で素直に受けなさい!」
二つ返事だよ。
「お前みたいなダメな子は老体にムチ打って楽しませてくれないと直ぐに捨てられちゃうよ。」
老骨でしょ。
「うふふ、まぁ良く頑張ったかな。こんな苦汁を味わったの初めて?」
苦汁を嘗めるね。ここで使うべき言葉ではないけど。
「じゃあご褒美。ドクダミちゃん。そこの電マ。コンセント抜いてこっち持ってきて。」
抜くのはプラグの方だ。
「おうおう可哀そうに、目鼻が利く子は上手く逃げるのにね。」
目端だ。
可哀そうなM男は電マで悶絶し恍惚の表情となっていた。
もう我慢が出来なくなってきた。このままでは私は笑い死んでしまう。
「あっすみません私そろそろ時間が。」
「あら、すわり心地のいい椅子だったのにもう帰っちゃうの。」
「えぇすみません。あ、そうだ。」
私は部屋の端にあった辞書を積み上げた。
「椅子が足りないようなのでこちらにお掛け下さい。さ、さ、どうぞお掛け下さい。とても絵になると思いますよ。ええ、物凄く良い感じです。」
女王様の尻に敷かれた辞書を見て、私はひとり納得してそそくさと部屋を後にした。
「全く、あの子、あの椅子の子。何なの?慌ただしく帰ってしまって。取り付く暇もない。」

血の酩酊

ロシアイルクーツク地方のとある小さな村。シベリア鉄道のイルクーツク駅から200kmほど北東に位置するこの村は、かつては鉄鉱石で栄えていたが廃鉱になり栄華は見る影も無くなっていた。
山間には野犬が出没し、今まさに1頭のイノシシを襲うべく取り囲んだ。
1頭の野犬がイノシシに飛び掛かり喉ぶえに喰らい付く、イノシシは暴れまわり振り解こうと必死に暴れまくる。
しかし野犬は2頭、3頭と次々に襲いかかり腹、脚、背中、イノシシの体中に喰らい付いた。
乾いた空気が血の匂いに変質していく。野犬たちは一層興奮し攻撃の手を緩めない。イノシシは血だるま、野犬たちも血みどろ。ついにイノシシは力尽き倒され、野犬たちは勝利の遠吠えをあげた。
もちろん、イノシシのような巨大な獲物を襲った野犬たちもダメージは大きい。
単純な闘争本能だけで襲ったのでは無いからだ。野犬たちは酩酊状態のようにふらふらになりながらも戦利品を森の中へ引きずり消えた。
村から少し離れるとちょっとした町がある。ここに評判のレストランがあった。『ゾーリャおばさんの台所』ゾーリャと一人息子チェルノボグが切り盛りする洋食店であった。チェルノボグは爽やかな青年でチェルシーの愛称で呼ばれていた。
チェルシーと呼ばれているからなのか、この店のスコーンはとりわけ評判だ。決め手はなんといってもクロテッドクリーム。ダブル・デボンシャーのクロテッドクリームなのだが、これと季節のフルーツジャム無しでは、もうスコーンは食べられない。クロテッドクリームほど濃厚なコクで芳醇な香り軽い口当たりのクリームは存在しない。ジャージー乳特有のスウィートバターになるか酸化してサワークリームになるか迷っているところで、突然気が変わり、滑らかでクリーミーな液体の中にあるバターのような味わいだ。
さらにこの店の評判を決定付けた料理がガチョウのローストだ。ウオッカが切れたロシア人の機嫌が悪くなるのは、このガチョウのローストを食べたことが無いからである。ガチョウのローストは、脂肪の素晴らしさを人々に知らしめ、人生さえも変えてしまう。金色を帯びた皮といい、ジューシーで脂っぽくて風味豊かな肉といい最高である。北京ダックなどガチョウのローストに比べたら遠く及ばない。金色に輝きパリッとした皮と肉の間にほとばしる脂肉汁は共通だが、肉本来の味の深みが違う。ガチョウのローストはひとくち、口に入れた瞬間に脂が解け出し、脳内を満足感で飽和してくれる。この感覚がひとくちひとくちごとに繰り返すのだ。まさに快楽の絶頂を極める至福のひと時を堪能できるのである。
そして、この素晴らしい料理に華を添えるのが、この店のオリジナルジンジャーソース。
チェルシーが完成させた完璧なソースで、その製法はゾーリャにさえ教えなかった。
「チェルシー、ソースが無くなりそうだよ。」
「あぁ母さん。今日はもう閉店も近いし、この後取ってくるよ。」
「この後?」
「大丈夫だよ、ストックもあるし、取ってくるだけだから。」
「遅い時間に心配だね。」
「大丈夫だよ。慣れた土地だし。心配しないで。あ、じゃあちょっと早いけどもう行くね、あとよろしく。」
彼はそう言い放つと店を出て行ってしまった。

翌朝、チェルシーはベッドに寝ていた。ゾーリャが部屋に入るとやさしく声を掛ける。
「チェルシー。ソースありがとうね。」
「あっ母さん。おはよう。」
「そうそう、今晩ポーランドから料理雑誌の記者が取材に来るって。」
「ん?今日?」
「たまたまイルクーツクに居て、うちの評判を聞いて取材したいって、昨日お前が出かけた後電話があってね。」
「うん、わかった。もう少し寝かせてくれ。」
彼は羽毛布団の中に潜り込んだ。
夜になった。店は相変わらずの大賑わい。取材の噂を聞きつけたチェルシーの悪友3人も駆け付けた。
「チェルシー凄いな!ポーランドから取材だって?」
「あ、ああ。」
「なんだよ浮かない顔して。町一番の秀才が入院しちゃった時には俺はもう。」
「おっおい、その話は。」
デリケートな話題を持ち出した友人を別の友人がたしなめた。
「い、いや、ほらでも、もう20年も前だし、こうして脚光を浴びる舞台に戻ったのはさすがチェルシーって事だよ!」
「そうだな!あはは!」
ウォッカで良い気分の友人たちは勝手に盛り上がっている。チェルシーは黙々と仕事を続ける。
「いやぁ~でも犯罪心理学だっけ?専攻は?チェルシーはKGBになるものだとばっかり思ってたよ。」
「バカ!俺達のチェルシーがKGBなんかになるかよ!俺は今のチェルシーが最高さ!」
「そりゃお前は3回も逮捕されたからな!ははは!」
チェルシーが興味を示し仕事の手を止めた。
「お前逮捕されたのか?」
「ああ、ふふふ。3回逮捕さ。」
「なんで?俺が入院してるときか?初耳だぞ?」
「いやぁくだらない理由さ。1回目は鉱山に10分遅刻しただけだったのにサボタージュと因縁つけられて。3か月で出られたが次は10分早く出社したらスパイ容疑で逮捕さ。」
「がはは!こいつ素行が悪いから目を付けられててな。3回目の逮捕なんて傑作だぞ。」
「そう、3回目は時間ピッタリに出社したんだ。時間ピッタリだぞ。そしたら西側の腕時計をしてるって理由で逮捕さ。」
がははははは。
全員で大笑いした。
「あ、そうそう、テイカー居ただろ、あいつも逮捕されたんだぜ。」
「そうそうあいつさ、市長が演説で、諸君、二年後には電気の供給が止まってしまう!と言ったら、一日12時間働こう!って叫んで。諸君、五年後には天然ガスが枯渇する!と言ったら、一日18時間働こう!って叫んで。十年後には食糧の配給も止まる!って言ったら、一日24時間ぶっ通しで働こう!って叫んでさ。演説会場盛り上がって
市長に呼ばれてさ。でさ、ふふふ、あははは!もう駄目だ、お前続き話せ!」
「市長に職業聞かれて、葬儀屋だってばれて逮捕だよ!あははははは!」
会話が盛り上がっていると、立派なひげを蓄えた恰幅の良い男性と、派手で妖艶な魅力的な女性が入ってきた。
「機関誌、料理の娯楽のダレサです。彼女はナディア。」
ポーランドの記者と同伴の女性だった。
ゾーリャとチェルシーは自慢の料理を振舞う。
輝く脂肪をまとったガチョウのローストがナディアの口に運ばれる。彼女はその芳醇な肉を噛みしめ、そっと目を閉じる。
「エクスタシー。」
一言静かに言葉を発した。
続いてダレスがカモのローストを食した。周りの客達は彼に注目する。
「血の味がする…。」
この空間の一切の音が消えたような静寂が一瞬訪れた。
「お、おい!兄弟!てめぇ、チェルシーの料理に因縁つける気か!」
友人の一人が静寂を破ってダレスに食って掛かった。
「いやはや、ソ連の高慢さがこんな田舎まで。君らは我が国を兄弟国と呼ぶが全く不快だ。せめて友好国と呼んでくれればいいものを。友人は選べるが家族は」
ダレスがそう言うか言わないかのタイミングで、怒鳴りつけた友人が襲い掛かり、店は大乱闘と化した。
鉄条網に囲われた広大な土地に3台の大型バスが止まり、次々に人々が降りてきた。
「ここが、かの血の酩酊事件があった町です。ロシアがソ連時代に2のKGB職員を派遣して、人間の血を町中の人間に与え続けました。巧妙に調味料に混ぜていたのです。
血の酩酊とは、ドイツの精神医学会で生まれた言葉で太古の人類にとって、狩猟は大きな危険と恐怖を伴なうものでした。太古には、狩猟もなければ鉄の刃もない。石や棍棒などで、猛獣との接近戦を行わなければならない。こうした恐怖に打ち勝つためには、狩猟をしなければ生きていけないという義務感だけでは弱い。そこで、人間の遺伝子の中に組み込まれたのが、獣から流れる血を見るとエクスタシーを感じるという遺伝子でした。そこでこの遺伝子を呼び起こすため、人に人間の血を与え続け、その気性の変化を観察していたのですが結局。町の人々はお互いを殺し合い、ゴーストタウン化してしまいました。」
ガイドの説明に皆が震えあがった。涙を流す者も居た。
そんな大勢の観光客の中に、チェルシーの姿がある。もう高齢だ。
罪の贖罪なのか彼はこの地を訪れた。大勢の観光客に紛れて心の平穏を保とうと考えたが、周りの人々の反応、批判、怒りを耳にするたび、彼の心は罪に打ちひしがれていった。
「そうするしか無いなら乗り越えられるさ。」
チェルシーは静かにつぶやいた。

七つの大罪

扉を開けると七人の女が正座で座りこちらを見ていた。いや正確にはそれぞれ動物のゴムマスクをしていたので私を見ていたのかは定かではないが。マスクはライオン、オオカミ、犬、熊、狐、豚、山羊であった。
「良くぞいらっしゃいました。わたくしは、当やかたの主人。リリスと申します。招待状をお持ちの方に、細やかながらでは御座いますが、女をご用意させていただきました。どうぞ1人お選びくださいませ」
招待状?あぁ、あのママさんが言っていた事はこの事だったのか。私は脇に抱えていた本をリリスなる女主人に見せた。
「あっ、見せて頂かなくて結構ですよ。お持ちになって居なければ、ここには入れませんので」
これ見よがしに黄門様の印籠のように本を突き出したまま私はちょっと恥ずかしくなってしまった。別に見せなくてもよかったのか。私は恥ずかしさを誤魔化すように頷いた。
「う、うむ」
しかし、その本は虐められていたカメを救った若者の話が突然宗教みたいな話になって、アレ?おかしいなと本から視線を上げたら目の前に黒い扉。中に入ったらこんな事態に。これからいったいどうなるのかと興味がわいてきた私は慎重に女を吟味した。そう、やはりこの状況は怖い。これまでに聞いた話、経験、ありとあらゆる知識をフル回転させ熟慮した。
マスクの女たちはモデル並みのプローポーション、ツルペタロリータ、巨乳、アスリート体型、小柄、マッスル、巨デブ。様々で私は本当に悩んだ。悩んだ挙句、元来図々しい性格の私は
「あ、あの。マスク取って頂けないでしょうか?」
無理だとは思っていたが、一応言うだけは言わないと後悔しそうなので言ってみた。すると意外な事に、リリスが指をパチンと鳴らすと女たちは各々マスクを取った。そしてその女たちは、ここまで理想的かというほど体型に見合った顔立ちで、超絶美人からドブスまで揃っていたのだ。私は慎重に考えた結果一番体の大きい豚マスクを脱いだおデブちゃんを選択した。
豚マスクのおデブちゃんに案内されて私は部屋に通された。その部屋は二十畳くらいで床は大理石。豪華なベッドや煌びやかな宝飾品、プールのようなバスルーム、息を飲むような豪華さだった。
「シャワー。お浴びになられますか?」
「ああ、そうだな」
おデブちゃんは私の両手を広げさせ、服を脱がせてくれた。おデブちゃんは私をバスルームに案内すると背中を流してくれたのだが、その時に背中越しにすすり泣く声を聴き、驚いて振り返った。
「ど、どうした?」
「あ、ごめんなさい。わ、私、初めて選ばれたもので、なんだか嬉しすぎて感情が高まってしまって」
「そうなんだ、良かったな」
そう言いながら、私はおデブちゃんの頬に手を添え親指で涙をぬぐってやった。それで気が付いたが彼女は左目の下に涙ボクロがあって、ちょっとカワイイと思った。
「ありがとうございます。90年待ちました。やっと選んで頂けたのです」
「えっ!?90年??えっと、そもそも此処はどういう所なんだい?あっそれと君名前は?」
「ベルです。名前はベル。そして此処はリリス様の館でございます」
「ベルちゃんか。可愛い名前だね。で、何?90年って??で、何度も聞いて悪いけど此処はどういう所?」
「えっ?ご、ごめんなさい。わ、わたし混乱してしまって。90年と言いましたか?間違えです9年です」
なんだか慌てて誤魔化したのは見え見えではあったが、目の前のおデブちゃんが90歳を超えている様には見えないので気にしない事にした。
「言い間違いはいいとして、この館は何なの?」
「はい、特別な方だけがご招待される特別な館。全ての夢が叶う特別な場所です」
「全ての夢が叶う?そんな凄い場所にどうして私みたいな男が招待されたわけ?」
「さぁ、そこまでは存じ上げませんが、私には貴方様がとても特別な方のように思えます」
「え?そうかな?どんな所が特別?」
「ごめんなさい。語彙が乏しい私には具体的に表現できる事が出来ませんが、貴方様は輝いて見えるのです」
「そ、そうかぁ。まぁ追々色々解ってくるのかな?」
「はい、きっとご理解頂けると存じ上げます」
シャワーを出るとベルは私にマッサージを施術してくれたり、二人でフルーツを食べたり楽しく過ごした。そして彼女がベッドに横たわり、私もその気で彼女に覆い被さったが、どうにも上手く行かない。そう私は性癖に少し問題を抱えていたのである。
「ご、ごめんなさい。私、やっぱり醜いですよね。な、何かお手伝いできることがあるなら仰って頂ければ」
「そ、そ、そ、そんな事無いよ、き、き、君はび、美人さんだ。見紛う事ない美しい女性だと断言できるよ。わ、悪いのは私の方で、原因は私の性癖なんだ」
「性癖?ですか?わ、解りました。私、どんな事でも致します。選んで頂いたご恩に報いなくてはなりません」
「い、いや、ちょっと。それは……。ごめんね、図々しい事言うと叩かせてくれないかな?」
「はい、どうすれば良いですか?貴方様に抱いて頂かないと、私、リリス様に叱られてしまいますし」
「じゃ、じゃあここに腹ばいになって」
私はベッドの端に腰かけるとベルを膝の上に腹ばいで乗せた。
「こ、こうですか?重くは無いのですか?大丈夫でしょうか?」
やはり経験が無いのであろう、恐怖心を紛らわすためにベルは口数が多くなった。それに全身が震えているのが良く解る。
「さぁご遠慮なさらずにお願いいたします。私の事はお気になさらず。私も貴方様に抱いて頂けないならきっとこの館を追い出されてここから下界へ追放されてしまいます。さぁご遠慮なさらずに」
下界?少し気になったが、そんな事より今はベルの為にも奮い立たせねばならない。
「じゃ、じゃ行くよ」
バシーン!
「ひゃっ!」
ベルの体が強張った。
バシーン!
「うぐぐ」
ベルは悲鳴を上げないよう自分の腕を噛み声を殺していた。強張った体がさらに震え大理石の床に涙がポタポタ落ちている。私はベルの背中をポンポンと叩き、もういいよと体を引き起こした。
本当に怖かったのだろう。起き上がるとベルは私に抱きつきワンワン泣いた。私は腕の中のベルを抱きしめると本当に愛おしくなり話しかけた。
「がんばったなベル。もうがんばらなくていいよ。私が悪いんだ。さっき気になったけど、もし此処を追い出されるような事があったら私を訪ねてきなさい。ほら、名刺。これでも、こんな大きな会社の管理職だ。男やもめで可処分所得も充分さ、ははは。遠慮なく訪ねてくるんだよ」
ベルは泣き止まなかったが私は服に着替え部屋を出た。出口には女主人リリスが立っていて、私にはっきり聞こえるように舌打ちした。
「貴方は望んで招待状を受け取ったにも拘らず、ここのルールを破りましたね。今後は出入り禁止とさせていただきます。二度と招待状を望まないでください」
私は軽くウィンクして本を投げ捨て館を出て行った。

気が付くと私は公園のベンチに寝ていた。持っていたはずの本は何処にもなかった。夢か?だとしても私はあることに気付かされた。SMプレイの経験はわりとあった。でも、本当に嫌がる女性にそういった行為をした事は無かったのだ。嫌がり、泣き叫ぶ女性に無理やり。そういったプレイは憧れであったが、夢とはいえ実際に体験してみて解った。相手がM女で痛みに快楽を覚える女性でないと、自分もプレイにのめり込めない。SMプレイが何故SMプレイなのか良く解った。
プレイ。そこに大きな意味があったのだ。
翌日、私はなんだかすっきりと会社に出社し、バンバン業務をこなしていた。机の大量な書類に決裁印をバンバン押していると机の前に人影を感じた。
「課長、ブヒ……。」
顔を上げると目の前に背の高いスーパーモデルのような女性が立っていた。
「浦島課長、今度コーラス部に入部させて頂いた鈴木りんです。先輩に言われて今月の部費を頂きに……。お邪魔でした?」
端正な顔立ちに涙ボクロが印象的な女性は新入社員で私が所属するコーラス部に参加したらしい。
「あぁ部費ね、はい」
お金を受け取ると彼女はニコッと笑って
「今度、個人的に歌唱指導お願いします。課長の歌唱力は凄いって先輩に聞いてますので」
そう言って廊下へ出て行った。部署の連中は仕事の手が止まって彼女に釘付けなってしまっていた。
「ほら!仕事!仕事!」
私は彼女とどっかで会っているような気がしてならなかった。ニヤニヤしながら部下の佐多が私の机に来た。
「浦島課長、いいですね~あんな超絶美人がコーラス部に参加して。俺も参加しよっかな~」
「バカな事言ってるな、どこが美人なんだ、あんな鶏ガラみたいな女」
「あっ!そうでした、そうでした。課長デブ専で、太ってれば太っている程美しいって言ってましたっけ」
「当たり前だろ!そんな事!世の中の方がどうかしているんだ、美的感覚がおかしいんだよ!」